2013年08月06日

台湾の歴史的建築物その1


休暇でこの夏台北に行きました。そこで訪ねた建物の中から幾つかをご紹介したいと思います。

1895年台湾は日清戦争後の下関条約により日本の統治時代が始まり、
第二次世界大戦で日本が敗北しその領有権を放棄するまで続きました。
その間日本はたくさんの植民地建築物を台湾に建設しました。

◆その代表的建築物の一つが台北市内に建つ旧台湾総督府(現総統府)です。
清朝時代台北は台北城を中心に約1.4km四方の城壁に囲まれていました。
城壁は統治時代に撤去され、かつて場内であった地区は行政の中心として計画的に街並みが整備され、
役所や銀行、病院、博物館など西洋風の建物が建てられました。

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旧台湾総統府はこの地区に日本の台湾支配の象徴と言える建築物として1919年に建築されました。
設計は1909年に日本初のコンペによって当時日本銀行建築所技師であった
長野宇平治の案が選ばれました。実施設計ではこの長野案を元に台湾総督府営繕課により、
さらにこの建物の威厳を強調する形に修正され中央の塔は地上60mの高さまで上げられ、
左右対称の建物の両端部もより強調されて軒にはペディメントが付けられました。
玄関や塔部分には二本の円柱を並べたカップルド・コラムが用いられ、
外壁は赤煉瓦の地に白色の部材が帯状に配されています。
これらは東京駅の設計者であり明治を代表する建築家である辰野金吾が好んで用いたことから
辰野式」と呼ばれる様式です。

この建物は第二次世界大戦の空襲で一部が破壊されましたが、
戦争の終結後は中華民国による台湾省行政長官公署として使用され、
その後国民党により中華民国総統府として使用されるようになりました。
主は代わっても台湾の行政庁舎として使用され続けています。
台湾の民主化により1996年より建物の一般公開が行われるようになり、
1998年には台湾の国定古跡に指定されています。
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旧総督府の建物を訪ねると、日本が欧米に対しても自国の植民地に対しても
その力をいかに示そうとしていたのかよく理解することができます。
そして100年近く前に建てられた姿を丁寧に維持して使われ続けていることに感動を覚えます。
この建物は人気の観光スポットで、公開日には開門を待つ人の列ができるほどです。
台北に出かける機会がありましたなら、並んででもぜひ見学をされることをお勧めします。

その2へ続く・・・

byぶん




posted by 富山れきけん委員 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム>町並れきけん散歩(県/国外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月02日

東京:KITTE・代々木体育館


◆この建物は、東京駅丸の内口前にある、KITTE 日本郵便株式会社運営のファッションビルです

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KITTE ←クリックするとサイトへ飛びます
旧逓信省の故吉田鉄郎氏が設計されて1931年に完成した美しい東京中央郵便局です。
逓信省は郵政省になり、今は民間の日本郵便です。
近年、再開発で論争がありました。
2009年、当時、総務大臣だった鳩山邦夫氏が、自動車で乗り付けて
外壁のみ保存の工事を止めさせました。
彼曰く『重要文化財の価値を有する建物を再開発で取り壊すのは
トキを焼き鳥にして食べるようなもの
』。
鳩山さん、たまには、いい仕事するねえ、と僕は思ったものです。(鳩山さんの弟さんです)

郵便局は蘇りました。僕は今年(2013年)東京出張のついでに、寄ってみました。
写真を見て分かるように、後ろには高層ビルが建っていますが、
旧郵便局舎のデザインを阻害する感じではありません。
また、旧郵便局舎のデザインを大事にして、大きなサイン・看板もありません。
綺麗なお店やレストランが出店していて、古き良きデザインとマッチしています。
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以前の形に戻った東京駅とあわせてかな?多くの人が訪れていました。
伝統的なステキな建物は、こうやって『活かして使うこと』が大事だとつくづく思います。
東京駅に行かれることがあったら、寄ってみてください。丸の内口の目の前です。
1931年の人たちがつくられた、日本の財産が生きていますよ。

◆これは、皆さんご存知の代々木の体育館
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水泳や、バレーボール、フィギュアスケートなどの万能選手です。
1964年の東京オリンピックに合わせて造られたのですから、ちょうど50年建っています。
現在でも耐震補強の話もないほど健全です。
当時は今のように、コンピュータも便利でありませんでしたので、どうやって構造計算し、
このような3次元的なデザインが出来たのか、わかりません。大変だったでしょうね。
この体育館は、大きな屋根を大きなロープで吊って、
プールや観客席を含む大きな空間を確保しています。
画像 1212_R.jpg

僕が大学のころは(今から35年位前)、CADは未だ登場しなくて、
トレーシングペーパーにT定規を使いシャープペンシルで設計課題をやっていました。
大きなコンピュータはコンピュータ室にあって、先生方が白衣を着て操作していました。
この体育館が出来たのはそれより15年も前です。
そのコンピュータは、僕達、皆さんが現在使っているPCより、機能は劣っていると思います。
そんな事を考えながら、周りを歩きました。コンクリートも健全のようです。
大事に施工されたのでしょうね。
画像 1207_R.jpg

ただ一つ。暑かったです。体育館の周りは緑が少なすぎると思います。小さな灌木だけの植込み。
歩行者にとっては優しくないなあと天国の丹下健三氏(設計者)に言っちゃいました。


by池田



posted by 富山れきけん委員 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム>町並れきけん散歩(県/国外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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