2013年10月24日

ヘリテージマネージャー大会のご報告

第2回ヘリテージマネージャー 協議会総会 と
第1回ヘリテージマネージャー大会へ参加してきました。
第56回建築士会全国大会『しまね大会』と一緒に開催されました。池田が参加しました。

第2回ヘリテージマネージャー(以下HMと略します) 協議会総会
2013年10月18日(金) 午後5時から 松江市 ホテル白鳥にて開催されました。
・全国の協議会で情報交換をしながら、大きく取り組もう、ということ。
・全国をブロックに分けて、交流しながら取り組む。
  →富山県は北陸、愛知等と一緒(詳細は、事務局に再確認します)
・取組についての質疑応答 →予算は参加費のみで出来る場合もある、
                   行政などの補助金獲得等工夫しよう。
・公共団体などとの連携が重要
・昨年よりも今年はHMの取り組む地域が10か所増えている。
などが大きな点です。

また、総会のあとの情報交換会では、
・HMは設計や施工だけでなく、多くの専門家や市民と一緒に、事業化などを共に考えていこう。
・HMをやっている方々は楽しそう。それは、多くの方々と取り組めること、実施出来た時の
充実感と、少ないけれど報酬があることが必要。
などをお話したり、伺ったりしました。皆さん元気で楽しそうでした。
会場には、既に活躍されている方も、これから取り組もうとされている方もおられました。

同時に全国のヘリテージマネージャー関係者と顔を合わせてお話をしたことはとても大きな成果でした。
翌日の大会では、建築士会連合会の三井所会長に再会でき、お話を伺うことができました。
 HMは、大きなムーブメントになりますよ!!

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↑協議会総会の様子

第1回ヘリテージマネージャー大会
翌日19日(土) 午前10時から 松江市 くにびきメッセ 会議室にて開催されました。

※くにびき、とは 出雲地方で国土創造の神と言われる、八束水臣津野命 『やつかみずおみつののみこと』が朝鮮半島と壱岐と能登半島から土地を引き、島根半島を造った、という神話から来ています。
太古の昔、朝鮮半島と日本列島が繋がっていた、という人間の記憶・伝承ではないかと池田は思います。
設計は高松伸氏(島根県出身)。

議題・発表として

・協議会で情報交換をしながら、大きく取り組もう、ということ。
 ・伝統的建造物の建築法規等の緩和措置が進むであろうということ。
 ・事例発表として
@ やまにてく 主宰 渡部 孝幸氏
石見(いわみ)銀山の渡辺家住宅の改修及びレストランへの改造
   銀の里渡辺家・咄々庵(とつとつあん)

A 熊本HM会議 代表 山川 清満氏
  歴史的建造物の被災調査・復旧支援のしくみづくり
  〜保存活動をしても、地震などで被災した場合、情報がないと、解体されてしまう。
  日常的に、歴史的建造物の位置などの情報保存・関係者との情報交流をはかっておくことで
  被災した時に備える。

B 静岡県HMセンターSHEC(シーク) センター長 塩見 寛氏
歴史まちづくりネットワークの実践
  〜応急危険度判定との連携など、関係団体とのスムーズな連携が必要

C ひょうごヘリテージ機構H 2O 淡路地区 角田 学氏
淡路地震被災状況緊急調査報告
〜2013年4月の地震時、HM・行政関係者により、調査計画書と調査票をつくり、状況調査をした。


大会声明として、7年後の(2020年)東京オリンピックに向けて以下のことを提唱しました。
・全国の重要伝統的建造物保存地区の数を2倍にし、その国家予算を10倍にしましょう。
・歴史まちづくり法の要件を緩和して、同法の重点地域を全国に広げ、200地区としましょう。
・これらの運用の主体的な役割をヘリテージマネージャーが果たしてまいりましょう。


これから、ヘリテージマネージャーの役割は大きく、重大になり、可能性は拡がるように思います。
富山県内の関係者の皆様と気持ちを合わせ、大きな動きにしていきたいと思います。



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大会の様子
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銀の里渡辺家・咄々庵


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くにびきメッセ室内


by池田


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2013年10月17日

土蔵復元現場勉強会のご報告

土蔵の勉強会
2013年10月14日(月・休)午前、富山県民会館分館・内山邸にて勉強会がありました。
内山邸は、柳原文庫という土蔵を、上野教授の指導で職藝学院が復原工事をされています。
その土蔵を見学しました。最近は、土蔵の工事は少なく、骨組を見ることが出来るのは貴重です。
講師は、富山県左官事業協同組合理事長・夏見氏、小橋(こばし)左官親方・小橋氏にお願いしました。
参加は27名でした。

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●その土地の材料で作る。
昔は、高価な材料は使えなかったので(今もそうですが)、地元の材料を使ったそうです
土、竹、木、縄など。昔は他地方の物は、運び賃が高いです。宅配便は当然ありません。
この文庫は、壁は土です。下地は竹木舞。
竹がない地方は、スギ木舞というところもありました。
一般住宅は、壁下地には竹とススキを使いました。

昔の集落は、家は同じような材料を使うので、同じような色の家が並びます。
現在は、大量に作って、発達した配送システムで送るので、
地元の材料にこだわることは出来なくなりました。その判断は皆様に。


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●丁寧に。
偶然に、竹木舞の工事をされていたのは、
前回、土蔵の見学会の講師をしてくださった左官の石ア氏でした。
縄の結び方を教えてくださいました。要は緩まないことです。
一つ一つ結ぶのだから、大変ですね。こうやってしっかり作られたものは丈夫です。
2つ前の写真の角に写っているのは、講師の夏見氏。

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●既存の3連の土蔵
3種の違った用途の土蔵です。奥に茶室があります。
この土間は、セメントと土を混ぜたもの。『三和土風』仕上げ

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●左官は昔、官位(役人)だった。
現場見学の後、夏目氏、小橋氏より、左官の歴史、材料について説明がありました。
昔は宮殿やお城に出入りするために、左官や大工は官位だったそうです。

●漆喰は外部用
漆喰は土壁に比べて防水性があるので、外壁の最終仕上げに漆喰を塗ります。
それほど予算を掛けられない多くの家では、室内に漆喰を塗らなかったそうです。

●黒漆喰は高価だけど・・
江戸幕府は、武家屋敷に白漆喰を使うので、町民には白漆喰を禁止しました。
そこで、お金のある商人は、家に黒漆喰を塗ったそうです。
墨を混ぜたり、漆喰の水分を取ったり手間取るので、実際はお金がかかったそうです。
それでも左官職人に依頼したのは、商人の『粋(いき)』なのでしょうね

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●フレスコ画
記憶に残ったのは、ミケランジェロ作・バチカン宮殿システィーナ礼拝堂の天井はフレスコ画。
フレスコ画の技法は漆喰が渇く前に絵を描くことだそうです。
そうすると顔料が漆喰に染み込み、耐久性のある絵になるそうです。
分割するにしても、凄いスピードで絵を描いたのでしょう。

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敷地内に彩りを加えるホウキギ、美しいですね。

●ありがとうございました。
参加された皆様、講師を引受けてくださった夏見様・小橋様、工事を見せてくださった石ア様、
公開してくださった職藝学院様、内山邸の皆様、ありがとうございました。大変勉強になりました。

by 池田


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2013年08月21日

土蔵見学会報告


土蔵は地域の文化を語ってくれます。
2013年8月10日 富山市婦中町古里地区で土蔵の見学会を行いました。
古里地区ふるさとづくり推進協議会(富山市)の方々、
建築関係の方々約30名の参加で、開催されました。
富山市の北叡山各願寺・M邸の蔵を見せていただきました。
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●土蔵とは?
資産家が、家財・道具・お米などを入れるため造られました。
明治以降のものが多いようです。

●土蔵のつくり
土蔵の壁は、荒壁(あらかべ)、中塗り、漆喰(しっくい)の3層で出来ています。
3層の土壁は室内の湿度をほぼ一定に保ち、漆器などの保管に最適だそうです。
上(天井)まで土で塗って、更に瓦葺などの木造屋根を載せた『置(おき)屋根』形式と、
瓦葺などの屋根まで土で塗り込めた『塗籠(ぬりごめ)』形式があります。
今回見せていただいた2箇所は置屋根形式ですね。

●漆喰(しっくい)仕上が一番
最終仕上げの漆喰は雨に比較的強く、蔵を守ります。
補修する場合に表面に鉄板を張ったり、モルタルを塗ったりすると、
漆喰のような適度な湿度は保てないそうです。

●鏝絵(こてえ)は、左官の見せ所
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各願寺

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M邸

今回、見せていただいた2箇所には、躍動感ある鏝絵がありました。
細い髭は芯に針金、目玉にはガラス玉を使っています。2箇所とも、相当レベルの高いもので、
故・大上三治(おおかみ・さんじ)氏(富山市婦中町)の作だそうです。
推進協議会会長のご祖父です。

●扉を開けると『ベルが鳴る』
蔵に侵入するため扉を引くと、こんな仕組みが隠れています
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丸いものがベルです。

富山県高岡市の二上外次郎(ふたがみ・そとじろう)氏(1853年生まれ)によって
このベルが鳴る仕組みを明治28年(1895年)に取得しています。
日本の錠前における特許第一号といわれているそうです。
この仕組みを考えた方が、明治時代に、しかも富山県高岡市におられたのですね。驚きです。
二上外次郎氏の業績は、株式会社日本ロックサービス(東京都豊島区)として、
引き継がれているようです。

蔵を造ることは『雇用も兼ねていた』
稲作の小さな農家や小作農家(※1)は、生活が苦しい。
そんな人々は農閑期に、専門の大工さん、左官さんの補助として、土を練ったり、
荒壁を造ったりして土蔵造りを手伝い、日銭を稼いでいたそうです。
お金に余裕のある大地主や資産家は、それほど必要性がなくても、
そのために蔵をつくることがあったそうです。

お金持ちが、地域のために、仕事をつくり、生活の苦しい人々を助けていく。
現在、日本政府が行っている、緊急雇用で失業者を助ける政策に似ています。
小さな農家や小作農家が苦しかったのは、
当時の社会に色々な不平等があったことが問題だったかもしれません。

でも、今の私たちは、自ら地域社会を助け合うことを意識しているでしょうか。
昔の方々に教えられます。

※1 第二次世界大戦前は、大地主と地主から土地を借りている小作農家という関係が
約半分だったそうです。同戦後、国の農地改革で、多くの小作農家の土地は自分達のものになりました。

●文化は、意識して守り育てることが必要。
鏝絵は、土蔵造りの『花』です。
依頼主が、お金をかけたり、腕の良い左官さんに依頼したりして、出来たものです。
それが、後世に残って、私たちが見ています。

これからは、お金持ちも、そして、どうにか暮らしている私たちも
『文化』を支えていけばどうでしょう。
時には、好きな作家の陶器でコーヒーを飲む。新酒をガラス作家のお猪口で頂く。
家つくりでも、家の玄関にタイルを貼らず、三和土(たたき)※2の土間にする。
文化は、自分たちが支えることで、その地域に素晴らしい作家が育ち開花します。
そして、その地域の力がアップします。
そんなことを感じました。


※2赤土・砂利などに消石灰にがりを混ぜて練り、塗って敲き固めた素材。
3種類の材料を混ぜ合わせることから「三和土」と書く。土間の床に使います。

●見学の後は、故・竹内源造氏(小杉町の有名な左官さん)の話や彼の様々な鏝絵の話を伺いました。
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●今回の講師を引き受けてくださった、田村京子氏(竹内源造記念館友の会・代表)
石ア勝紀氏(石ア左官)には、色々な例を紹介しながら分かりやすく説明して頂きました。
企画の段階から当委員会に声をかけて頂いた、主催の古里地区ふるさとづくり推進協議会の皆様、
一緒に楽しく学ばせて頂きました。
快く見学をさせていただいた各願寺・M様ありがとうございました。
皆様には、本当に感謝です。ありがとうございました。


文;池田



posted by 富山れきけん委員 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動>活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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