2014年03月10日

愛知ヘリテージマネージャー養成講座(第三期)第7回(会場犬山市)に参加して

「犬山市の歴史を活かした町づくり」と題して。
愛知のリテージマネージャーの長谷川・奥村・松田の三氏の犬山の町屋のスライドによる
講義を受けた後、文化財建造物現地実習 (犬山市城下町現地見学)を行った。(H26年2月15日)

愛知県建築士会の山本事務局長初め、他5名のHMに案内をしていただく。
愛知県教育委員会文化財保護室の牧主任主査からも案内していただく。
次に載せる写真は講座の直前に犬山城を見学した時のものと、
現地実習の2時間足らずの町歩きで撮った写真の中からの掲載です。

犬山城天守 応急修理(工事中)
1-013 犬山城全景_R.JPG
「国宝犬山城」 漆喰・高欄等の修理工事
解体修理から約50年が経過し経年劣化が進行している。
その一方で、入城登閣者数の増加で休日は混雑している。
その安全を考慮して4階望閣の高欄、床及び漆喰の一部等を応急的、部分的に修理している

天守閣から城下町を見下ろす
2-087 天守閣から城下町越しに名古屋市方面を見る。右手は木曽川_R.JPG
手前に城下町。右が木曽川、左遠方に名古屋市内の高層ビルが幽かに見える。

犬山城と城下町の模型 [「城とまちミュージアム」に展示 ]
3-261 「城とまちミュージアム」の城下町の模型_R.JPG 
江戸時代(天保11年)犬山祭の当日を、山車の巡行やおおぜいの人出で再現。
現在でも江戸時代と変わらない町割りが残る。

犬山は今でも江戸期の町割りが残っている。
明治24年の濃尾大震災で町屋の姿は変わってしまったが、
その前は美濃市の町屋のように「うだつ」のある町並みであったらしい。
再建に当たったのは旧犬山藩のお抱え御大工(おんだいく)達で寺社・城郭建築の技術を
活かし頑丈な町屋を造り上げていった。
京風の格子戸の町並みが連なっていたと言われている。

文化財建造物現地実習 (犬山市城下町現地見学) 
本町・新町交差点 [ 角は「なつかし屋」 明治13年 ]
4-142 なつかし屋の角から 町並み_R.JPG
この二つの町並みの道路は拡幅工事が計画されていたが、中止して「伝統的建造物群
保存地区」を目指して整備されている

旧磯部家(登録文化財) 商家 慶応年間 
5-170 曲線「むくり」屋根の家_R.JPG
外観 優雅な曲線を画く「むくり」屋根

同 旧磯部家 – 2 土蔵 明治8年
6-192 磯部家の土蔵_R.JPG 
入口から座敷へと通り庭で繋がり庭へ出ると土蔵が並ぶ

真野家(登録文化財)  明治27年
7-208 真野家_R.JPG 
江戸時代から金融業を営み、旧丹葉銀行頭取の本宅

圓明寺 江戸初期
8-228 圓明寺 浄土真宗のお寺_R.JPG 
浄土真宗のお寺

梅田家(登録文化財) 商家 江戸末期
9-232 梅田家 黒板壁の商家_R.JPG 

忍冬酒主屋(登録文化財) 江戸後期 [ 小島醸造 ]
10-241 造り酒屋 忍冬酒_R.JPG 

◇ 助成金、補助金の取り組み
・「犬山市景観条例」を作成し、景観助成金として300万円を限度に、1/3〜2/3の
助成率で助成対象行為の区分に応じて各々の合計額を助成。
 ・「犬山市文化財保存事業費補助金交付要綱」により、国、県、市の文化財、登録有形
文化財建造物等に1/3〜2/3の額で500万円を限度に交付。

以上、愛知ヘリテージマネージャーのみなさんには、お忙しいところ当会3名の視察
を快く受け入れていただき、ありがとうございました。
今回掲載したものは、数は少ないが代表的な建築物です。
着々と多くの歴史的建築物、町並みの保存修復等の活動をされている現状を、
目前に見させていただき大変参考になりました。当県のHM講習への大きな弾みになります。

by 高原


posted by 富山れきけん委員 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム>町並れきけん散歩(県/国外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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